2022年2月広報たまかわ
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わる小正月の伝統行事「やっちゃ小屋」が行われました。で、子どもたちが餅を焼いて食べたり、甘酒を飲んだりして楽しんだ後、辺りが暗くなった午後7時過ぎ、地元の人が持ち寄った古い御神札などと一緒に小屋に火がつけられると、赤い炎が夜空を焦がし、みんなで今年一年の無病息災や五穀豊穣、そしてコロナ終息を願っていました。1月8日に山小屋区で、古くから伝夕方から竹とわらで作った小屋の中毎年正月14日に行っている伝統行事で、農作物を荒らしまわる害鳥を追い払って、その年の豊年を祈るとともに、農村の正月の楽しみとして昔から行われている。歴史は古く、その昔は、新年早々から地区の子どもたちがめいめいに竹や藁などを持ち寄り、小屋作りの準備にとりかかっていた。小屋作りが終わり最終日の14日は、地区の大人たちが小屋を訪ねてきて祝金を出し、子どもたちから甘茶や甘酒のごちそうを受け、その甘茶などを飲むと、風邪をひかないとの言い伝えがあり、大勢の人で賑わっていたそうです。出典資料:玉川村史おばあちゃんにしかられて、昨日読んだ新聞記事の事を思い出しました。昼ごはんの時、煮玉子が一つのこっていて、お兄ちゃんが半分にしようと言ったのですが、ぼくは、半分ならいらないとことわりました。するとおばあちゃんが、戦争の時には食べ物がなかったから半分でもその半分でもわけ合って食べないといけなかったんだよ。と言いました。記事には戦争の時はお米がなく、さつまいもやじゃがいもをごはんにまぜて食べていたと書いてありました。それから、ぼくと同じくらいの年の人たちが、味のない汁にすいとんを入れて食べたりいつでもおなかがへっていて、絵の具をなめたりしていたと書いてありとてもおどろきました。ポスターにはおいもを主食としてたべ、てきに勝つため、がっしりした強い体を作りましょうと書いてあったけれど、いもだけでは、えいよう不足で体も小さくがっしりとなれないだろうと思いました。写真にもあるように、今の小学二年生が着ているもんぺと上着は、当時の小学四年生ぐらいの子が着ていたということは、やはり、配給もへり、えいよう不足がしんこくで、体も小さかったんだろうなと思いました。ぼくは、この記事を読んで、今の生活は幸せだな、と思いました。食べたい時に好きな物を食べれて、はらぺこで絵の具をなめる事もありません。これからも、今の幸せな日本がずっとつづくように、日本だけでなく、他の国でも戦争やえいよう不足で死んでしまったりする人がなくなるような世界になってほしいです。ぼくが大人になったら、平和な世界をきずいていきたいと思います。4年 小木 舜士無病息災を願いやっちゃごやとは・・・伝えていきたい村の伝統行事山小屋区でやっちゃ小屋戦争の記事を読んでしゅんし小屋の中で餅を焼く親子燃え盛るやっちゃ小屋表彰状を手にする舜士くん(中央)        10新聞の記事から思うことみんゆう新聞感想文コンクール入賞報告 小木舜士くん(玉一小4年)がみんゆう新聞感想文コンクール(小学3・4年生の部)で最優秀賞を受賞し、12月20日、役場へ報告に訪れました。 内容は、戦争中にお腹を空かせていた当時の子どもの生活についての記事を読んだ感想を素直に書き上げています。 舜士くんは、受賞の知らせを聞いて「嬉しかったです。夏休みに新聞を読んで感想文を書く課題があり、取り組みました。新聞からは知らなかった情報を得られるので、これからも新聞を読みたいです」と話してくれました。トピックストピックス

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