福島県玉川村。のどかな風景が広がるこの村で、一杯のラーメンに真摯に向き合い続ける人がいます。
今回お話を伺ったのは、玉川村北須釜地区出身で現在、村内でラーメン店を営んでいる宗形勝弥(むなかた かつや)さん(39歳)です。
19歳で上京し、ひたむきに料理人の道を歩んだ宗形さんが、なぜ再び玉川村に戻りラーメン店を開くことを決意したのか。お話を聞くと、その背景には「懐かしさ」と「文化をつなぐ」という強い想いがありました。
料理人を志し、19歳で上京
宗形さんが玉川村を離れたのは19歳のとき。
「料理人になりたくて東京に出ました。とにかくラーメンが好きで、東京にいた頃は年間で400杯くらい食べてましたね」と笑ってお話いただきました。
東京では多種多様なラーメンに触れ、味の幅や表現の奥深さを体感。トレンドの最先端を走る店もあれば、長年愛され続ける老舗もあり、ラーメンという食文化の懐の深さを肌で感じていたといいます。
そんな日々のなか、里帰りした際に食べた一杯のラーメンが、宗形さんの人生の方向を大きく変えるきっかけとなりました。
白河ラーメンでよみがえった「懐かしさ」

「里帰りしたときに白河ラーメンを食べて、東京にはない味だなって思ったんです。お袋の味っていうのとは違うんですけど、なぜかビビッときたというか…懐かしさを覚えました」
派手さはないけれど、すっと体に染み込むような味。
その一杯に触れたとき、「生まれ育った土地で、美味しいラーメンをみんなに食べてもらいたい」という気持ちが自然と湧き上がったといいます。
白河ラーメンは、子どもからお年寄りまで幅広く親しまれてきた、あっさり系のラーメン。
「白河ラーメンは、もう“文化”だと思っていて。その文化を、次の世代にもちゃんと残していきたい。活性化させていきたいと思ったんです」
そうして宗形さんは、Uターンという選択をし、玉川村でラーメン店を開く決意を固めました。
「食べ終わったあとに、美味しかったと思えるラーメン」を

現在、宗形さんが大切にしているラーメン作りの軸は、とてもシンプルです。
「一口目が美味しいのはもちろん当たり前。食べ終わったあとに“美味しかったな”って思ってもらえるかどうかを大事にしています」
スープは、最後まで飲み干せることを意識。
胃に重く残らず、食後に満足感と余韻が残るラーメンを目指しています。
「懐かしい気持ちを思い起こさせるようなラーメンを届けたいんです。
あの日、あの人と食べたラーメン...みたいな(笑)。そんな記憶に残る一杯になれたら嬉しいですね」
日常のなかにそっと溶け込み、誰かの思い出と結びつくラーメン。
宗形さんの言葉からは、味だけでなく“時間”や“記憶”まで含めて提供したいという想いが伝わってきます。
玉川村に戻って感じた「安心感」
玉川村に戻ってきて良かったことを尋ねると、少し考えたあと、こう答えてくれました。
「家族や知人と、昔みたいに話したり遊んだりしながら生活できることですかね。やっぱり安心感があります」
東京での暮らしは便利で刺激的だった一方で、忙しさのなかで見えなくなっていたものも多かったといいます。
「こっちに帰ってきて、都会では見えなくなっていた部分が見えてきたというか。これが故郷なんだなって、改めて深く感じました」
顔の見える人間関係、変わらない風景、日々の何気ない会話。
それらが、宗形さんの暮らしと仕事の土台になっています。
移住を迷っている人へ
「移住って、若いからとか、元気だからできる部分もあると思うんです。自分がもっと年を取っていたら、移住という選択肢はなかったかもしれない」
だからこそ、こう続けます。
「検討している“今”が、一番若いタイミング。移住しなくて後悔するより、移住して『違うな』って思ったら、またやり直せばいい。踏み出すこと自体が大事なんじゃないかなって思います」
一杯のラーメンに込めた想いと、故郷へのまっすぐな気持ち。
宗形勝弥さんの生き方は、移住という選択に迷う人の背中を、静かに、しかし確かに押してくれます。